[横歴通信5月]例会開催

 
「マッターホルンとリッフェル湖」投句者撮影

5月の例会参加者は99名(会員86名 新会員 1名 ゲスト 12名)でした。
最近はゲスト参加も多く、横歴の人気も上り調子です。座席も三人掛けでお願いすることが増えてきました。皆様のご理解、ご協力の程、よろしくお願い致します。
二次会参加者40名 とこちらもいつものように大盛況。お忙しい中ご参加いただきありがとうございました。

新入会員

丸山俊三(マルヤマシュンゾウ)さん
歴史は小説の世界が多く、敗者の側から見た歴史、実際の真相に関心がある。そういうものがのぞけるのではと参加・入会することにしました。

 

 

 

  熊本会長

連休で天気のいい中、たくさんの方にご参集いただきありがとうございます。
始めに当会の役員について変更がありましたので報告させていただきます。
今年新理事に就任した藤田実さんが通信制大学に入り、歴史を独学でなく系統だてて勉強したいとのことで退会しました。役員会にて理事の賛同を得て、後任の班長を長田さんにして頂くことを合わせて報告させていただきます。
先月25日に行われた深川の歴史散歩には39名の参加があり、二次会にも20数名が参加されて盛り上がったそうです。無事に終わった旨、報告いただきました。
今月24日にはバスツアーがあります。定員満杯になりました。
話は変わりますが、京都や旭川での事件で犯人が逮捕されましたが、状況証拠のみの起訴では立件は難しいようです。事件のない平和な世界になってほしいなと思います。

熊本 修一さん・・・・演題「田沼意次は賄賂汚職の悪徳政治家か?、清廉潔白で優秀な政治家か?」
貿易振興や蝦夷地開発、新田開発など幕政の積極的打開を意図したが、賄賂政治と批判され失脚した田沼意次。600石の旗本から5万7千石の大名へと出世したが、「金権政治家」「賄賂政治家」と言われていたが、見直しが進められている歴史人物の一人である。時代劇が好きだという演者はテレビで田沼意次を演じた俳優の印象を述べた後、近年の田沼について書かれた著書を読んで興味をもち、改めて調べたそうだ。
田沼の経済政策で貿易・通貨・物価・殖産興業政策・金融についてそれぞれ解説されたが、その中で通貨の発行が、なぜ十進法でなく八進法なのか不明とのことなので、今後解き明かしてくれることを期待している。社会政策では印旛沼や手賀沼の干拓事業、大衆娯楽上の設置や北海道の開拓、また、文化事業に対しての支援もおこなっている。その後失脚の原因として自然災害や後ろ盾であった将軍徳川家治の死去をあげ、生活が苦しいのは田沼のせいだと印象付けられて、悪評が世間に流布され失脚させられた。田沼の写真や似顔絵はほとんどなく資料も少なく、作為的なものが多い。将軍家のお家騒動を一ツ橋家が仕掛けたものに田沼は巻き込まれて、失脚させられたのではないかとまとめられた。
(質)質問ではないが私も時代劇を良く見ている。良くまとめられていてすごいと思う。私も意次を擁護します。いろいろなことがあって、彼は一ツ橋家にやられたということに賛同します。
(質)年表の最後にある勝林寺とはどこにありますか、お参りに行きたいと思う。
(応)江戸です。息子(田沼意知)も一緒に入っているはずです。資料を調べてあとでお知らせします。
息子は賄賂を相当もらっていたのではと感じます。(松平)定信もお金をばらまいてもらっているはず。周りが悪かったのかと思う、そこから一気に評判が下がった。あえて今日は息子も定信のことも発表しなかった。
(質)いかにも会長らしい講演だったと思います。(徳川)家継は名君だと思うが大岡忠助も評判がいい。いいリーダーとはいい部下を持つということ。将軍は身体が不自由だったがいい部下を持っていた。
(質)失脚の大きな原因に自然災害があったというのはいい勉強になった。現代の自然災害にも備えが大事だというのが感想です。

世の中の三大悪人や三大悪女とかに田沼はよく出てくる。他には曽我入鹿や松永弾正、足利義教が常連ですが、田沼の賄賂話などは噂を集めたもので、戦前の教科書では田沼意次がよく出てきたが、大石慎三郎の出した本で実際は重商主義や経済政策、流通改革などいろいろやっていることが表に出てきて援護するようになってきた。蝦夷地の開拓は膨大な費用が掛かり、印旛沼の干拓は大洪水で挫折した。当時の賄賂は現代と違い普通の感覚でした。老中は基本合議制で、田沼は半独裁的にやったため不評を買い反対派が出てきた。敗者の歴史で田沼だけが言われるのはおかしいと思います。

宮下 元さん・・・・・演題「宇佐八幡宮のなぜ?」
「古代日本の追及が私の夢である」と語るゲンさん。会報誌に投稿されている「色葉匂へど」は古代から万葉の時代まで続くという“歴史幻想シリーズ ”。継体天皇の追及の前に応神天皇をということで宇佐八幡宮を取り上げた。なぜ八幡宮は日本で一番多い神社なのか。祀られている三柱の神(応神天皇、比売大神、神功皇后、)の説明。比売大神は今では宗像三女神で海人族の神となっているがご神体は山である。大神氏が応神信仰を持ち込んだ。総本社なのに九州のはずれ豊前国にあるのは渡来した秦氏の元の根拠地であるから。半島からの渡来系氏族秦氏との関係が深く八幡とは多くの旗と秦氏の意で香春山岳の神(新羅・加羅の神)は渡来系秦氏辛島氏の神と思われると解説。
宇佐八幡宮の中には壮大な弥勒寺があって、山岳宗教文化と新羅仏教の流れを受け、山岳修験道と一体化していた。ここが神仏習合の始まりである。
宇佐がなぜ重視されたのかは継体や欽明の出自が息長氏、秦氏で、秦氏の財力や技術を欲したためで、また、聖徳太子と秦川勝とから皇室とのきずながあり、ご神託などの強い権威をもっていた。大和朝廷や秦氏の影響、宇佐氏・辛島氏・大神氏の神を融合したのが宇佐の三神でさらに仏教、密教・修験道と一体化して神仏習合している。さらに新羅、加羅、ユダヤ神の可能性もあるとまとめた。
(質)八幡が8の秦(旗)は分かるのですが説明のなかったユダヤ説について解説を。
(応)ユダヤ説についてはもう少し調べないと発表できない。ユダヤとの関係は何派にもわたり単純ではない。秦氏の影響はかなり明確になってきている非常に怪しいが関係は強いかと思う。

資料と説明があったが、八幡神は難しい。八幡神は良くわかっておらずどこにも出てこない。八は数の8ではなく、いっぱいということです。
八幡大菩薩とは神様仏様ということで権現も同様ですが、明治の神仏分離令で政府から禁止が出ている。道鏡事件では皇位継承の件でのご神託があったが、和気清麻呂は宇佐で違うことを確認している。また、技術をもって大仏の鋳造にも協力して八幡大菩薩の称号を朝廷からもらっている。

酒井 晴雄さん・・・・演題「歴史の中の鶴見 鶴見の中の歴史」

来年2027年に鶴見区は100周年を迎える。この節目の年に鶴見地域の歴史を振り返り、あちらこちらに残っている歴史の断片を探して鶴見の魅力を探求していこうという演者の試みです。
プロフィールとして鶴見区の位置は鶴見川の下流にあり、多摩丘陵の端で海、川、大地が一か所にまとまっているので生活しやすいのではと。「つるみ」の名称の由来は”つるみ“の”つる“は水路や河川の周辺の地、”み“はまわり、めぐりという。演者からは皆さんの町名の由来を調べてみると面白いのではとお話があった『横浜の町名(旧版)』を紹介。
鶴見区の歩みとしては東海道とのかかわりや「御菜八ヶ浦」として栄えた生麦や生麦事件など文明開化に関する事柄を、禁書の『海外新話』を名主の関口東作が筆写して世界認識していたことなども丁寧に話された。また、総持寺の移転や埋め立て事業、戦後の復興から高度経済成長へと向かい、多文化共生、多世代交流の町づくりを目指した。川崎と横浜の両方に近い鶴見が横浜を選んだ経緯についてもまとめられ、鶴見川の左岸(東岸)では意見が対立もしたが、港湾や鉄道との関係から横浜になり、川崎・横浜間での大きなトラブルはなかった。
鶴見川や東海道、意外と知られていない「海の町」としてのエピソードも語られた。
まとめとして
*「歴史」は流れずただ積み重なるだけ。足元を見つめれば埋もれている「カケラ」が必ずある。
*地域の歴史を学び、語り合うことの愉しさを多くの人と共有したいと述べられた。
(質)生まれたのは川崎京町です。鶴見川の氾濫で休校になったりしました。京町や隣の平安町はどのようにつけられたのか、自分では京浜急行の「京」の字から京町、「浜」の字から浜町かと思っていたが親やチャットGPTでは碁盤の目で京都のようだからとか、江戸から京都に向かうから京町、浜町は海に近い、平安町は平安だからと回答があった。わからないことを資料に残してもらうのはありがたいこと。敬意を表したい。
(応)埋立地には住所がなく、名前を割り振っていた。恵比寿とかありがたい名前を付けた。平安京から取って平安町と京町にしたと聞いている。
(質)鶴見に行くと沖縄の店がおおくあるが、きっかけは。
(応)明治からずっと後、京浜工業地帯ができる関係で沖縄や朝鮮半島から人を読んでいる。かなり厳しい労働だったその人々が帰らず腰を落ち着けた。実際には沖縄だけでなく多方面からきている。
(質)横浜編入では東岸の人は納得しにくかったのでは。私は日吉地区に住んでいるが横浜編入で大論争が起きて横浜と川崎に分裂した。なぜ鶴見では論争がおきなかったのか。
(応)佐久間権蔵さんとか有力者の人の動きが大きかったのでは。国会議員とかの細かいやり取りの記録が出ているので見たらわかると思う。

以前青葉区の区民ハイクがあり、鶴見川の源流から海まで二日間かけて歩きました。生麦の海につく頃は真っ暗でした。その時の方が鶴見の語源を言っていた。鶴見の「つる」は湾曲している水、「み」は周りと。青葉区はあまり歴史がなく縄文式くらいで現代までには何もないので鶴見区に住んでいる人がうらやましい。

5月24日(日)横歴日帰りバスツアーが開催されます。

***令和八年日本神話最強の武神を訪ねる旅***
実 施 日  令和8年5月24日(日)
集  合  横浜駅東口
午前8時(8時10分出発、時間厳守)

*加曾利貝塚博物館、香取神宮、鹿島神宮を見学します。
*5月例会で参加者に配布された下記ガイドブックをご持参ください。

横歴勉強会

『仏像の見方』入門講座


*皆様のご参加をお待ちしております。